カープ! リーグ優勝おめでとう!

広島東洋カープが25年ぶりのリーグ優勝を決めた!

カープファンの熱狂ぶりは、あの阪神ファンをも凌ぐ凄さがある。

今夜、広島の街はきっと朝まで燃えてるゾ!

鈴虫坊は、かつて20代から30代の頃に12年間、転勤で広島に住んでいた。

広島に着任したのは、昭和50(1975)年6月だった。

この年は10月に古葉監督率いる広島東洋カープが、

球団結成以来25年目で初のリーグ優勝をした年である。

鈴虫坊は当時も今も野球音痴だ。

当時、プロ野球選手の顔と名前が一致したのは、王・長島くらいだった。

営業職だったので、仕事は日々得意先企業との商談だ!

赴任したてで広島弁はしゃべれない! 関西弁そのままでしゃべっていた!

だから、商談に行く先々で聞かれたのが、

鈴虫坊さんは・・・ ” どこのファン? ”・・・顔を覗き込んで聞いてくる!

いえ、私は野球音痴で・・・と答えるが、

相手は笑いながら、「まあまあ・・・無理せんでええけぇ」・・・。

いえいえ本当に、野球音痴で・・・

えぇえぇ遠慮せんでええけぇ、わかっとるけぇ・・・ 

・・・・・” かくれタイガースじゃろう ” !!!・・・?????

か、か、かくれタイガース?・・・「隠れキリシタン」は聞いた事があるが

「隠れタイガース」と言う言葉は、広島へ行って始めて知った!

当時、広島は関西からの転勤族も多く、その中には当然阪神ファンもいるのだが、

本場地元のカープファンの勢いに呑まれ、自分は阪神ファンだと公言する事を

憚って、黙っている人もおり、広島ではこのような人の事を指して言うのだとか!

リーグ初優勝のその夜、広島の街は不夜城そのものだった。

鈴虫坊は野球音痴だったので、別にどこが勝とうが負けようが、

どっちでも良かったが、飲み代 ” ただ ” の大判振る舞いに、

Weekdayにもかかわらず、流川・薬研堀で ” にわかカープファン ” と化し

本場のカープファンたちと一緒になって暴れていたのは確かである!

面白かったなぁ・・・楽しかったなぁ・・・もう、41年も前の話だ。